視覚障害と向き合いながら人生を切り開く女性の物語 宮尾登美子著「藏」

大きな木桶の蓋部分の写真

宮尾登美子著『藏』は、酒蔵を営む田乃内家を舞台に、家という制度と血縁のしがらみ、そして個としての生の選択を描き切った長編です。視覚障害のある人の支援に携わる立場から読むと、本作の核は「全盲の娘・烈(れつ)」が、“守られる存在”にとどまらず、周囲との摩擦や葛藤を引き受けながら、自らの意思で人生を押し広げていく過程にあります。

美しいひとり娘として生まれた烈は、やがて失明という過酷な運命を背負います。烈の目が治ることを祈る巡礼の途中で母・賀穂は倒れ他界、父・意造は家の体面と家業を守るため若い後妻を迎える。烈を育て上げ、意造を一途に慕う叔母・佐穂の献身もあり、烈は幾重もの不幸に押し流されそうになりながら、気丈に成長していきます。恋を知り、女であることや障害の有無といった枠を超えて、蔵元を継ぐ決意へと至る終章は、家族それぞれの愛のかたちを重ね合わせながら深い余韻を残します。

烈の魅力は、”感情を抑え込んだ当事者像”ではなく、喜怒哀楽をあらわにし、ときに周囲を困らせるほどの激情をもって生きる点にあります。支援現場でも、障害のある人が「手のかからない人」であることを暗黙に求められる場面は少なくありません。しかし烈は静かに生きる道を最初は思い描きながらも、喪失と変化の連続にさらされるうち、他者に合わせて小さくなるのではなく、自分の欲求や判断を言葉と行動で押し出していきます。その“激しさ”が、ある局面では周囲を支え、家を動かす力へ転じる描き方は、障害を個人の悲劇に閉じ込めず、関係性と役割の中で立ち上がらせるものとして読み取れます。

また本作が示唆的なのは、困難の原因を“見えないこと”そのものに単純化しないところです。家長として世間体に縛られる父、和を守ろうとする叔母、家業を継がせたい/継がせまいと揺れる周囲の思惑――烈の前に立ちはだかるのは、視覚情報の欠如だけでなく、家制度や性別役割といった社会の枠組みです。だからこそ、烈が「女だから」「障害があるから」といったレッテルを突き破り、“一人の人間として”蔵と向き合う姿は、読者に強い実在感をもって迫ります。

上下巻の起伏に富んだ物語は、登場人物が多くとも一人ひとりの輪郭がぶれず、流れるように読めます。古風な家の物語に見えて、その内側で交わされる愛憎や葛藤は、現代の私たちの家族関係にも通じるものです。そして何より、烈がその後も平坦ではない人生を歩みながらも信念を手放さずに生きたと示されることで、「人はこんなにも強く生きうる」という感覚が読後に残ります。視覚障害を“哀れみ”ではなく、生の質感と選択の物語として受け取りたい方に、『藏』は静かに、しかし確かに勇気を手渡してくれる一冊です。

「藏(上)(下)」宮尾登美子著  毎日新聞社  1993 (中公文庫、角川文庫からも出版)

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