考える犬を育てる―日本初の盲導犬チャンピイ

1匹のジャーマン・シェパードが家の庭の柵の前で前を向いて座っている写真。

昭和30年、まだ「盲導犬」という存在自体がほとんど知られていなかった日本で、一匹のジャーマン・シェパードが静かに歴史の扉を押し開きました。その名はチャンピイ日本で初めて盲導犬として歩んだ犬であり、本書『ぼくは盲導犬チャンピイ』は、そのチャンピイ自身の視点から語られる、かけがえのない記録です。

著者であり使用者でもある河相洌さんは、病気により若くして失明しました。彼が出会ったのが、まだやんちゃ盛りの仔犬だったチャンピイです。盲導犬の前例も制度も整っていない時代、河相さんはチャンピイを「自分の目」として育てようと決意します。そして、手探りの末に巡り合った訓練士・塩屋賢一さんとともに、前例なき訓練の日々が始まりました。

本書が他の盲導犬史関連書と一線を画すのは、物語の語り手が人間ではなくチャンピイである点にあります。「ぼく」「ご主人」と語られる一文一文には、擬人化を超えた誠実さと温かさがあり、訓練や生活の描写には具体性と正確さが感じられます。視覚障害当事者が、自らの体験を犬の視点へと丁寧に翻訳しているからこそ生まれる、独特のリアリティです。

訓練の中心にあったのは「犬に考えさせる」という考え方でした。ただ命令に従わせるのではなく、状況を判断し、危険を察知したときにはあえて命令に従わないことを教えます。この「賢い不服従」という概念は、現代の盲導犬訓練にも通じる重要な原則であり、その萌芽とも言える訓練が、すでにこの時代に試みられていたことは、専門家の視点から見ても特筆すべき点です。

また、訓練以前のチャンピイの奔放な姿、河相さんが彦根盲学校で教壇に立つ日常、社会の無理解や好奇の目、さらには病気との闘いなど、成功談だけではない現実が率直に描かれています。それらは、盲導犬使用が決して美談だけでは成り立たないこと、そして人と犬が「一体」になるまでにどれほどの試行錯誤と覚悟が必要だったかを静かに物語っています。

本書刊行直前にチャンピイは急逝し、結果として本書は日本初の盲導犬の伝記ともなりました。現在、盲導犬が社会の中で当たり前に受け入れられつつある背景には、チャンピイと、彼を支えた人々のたゆまぬ努力があります。

本書は、盲導犬の歴史を学ぶ貴重な資料であると同時に、人と動物の信頼関係の本質を問いかける静かで力強い一冊です。すでに類書を読まれている方にも、ぜひ手に取っていただきたいと思います。

「ぼくは盲導犬チャンピイ」河相洌著  偕成社  1981 

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