
O&M技術の始まり
現在のO&Mにつながる体系的な移動技術は、米国において、第二次世界大戦で失明した兵士を対象とする軍人病院の訓練プログラムの中で発展した。
その後、それらの技能は民間の視覚障害者施設にも普及し、1960年には大学に初めてO&M専門職の養成プログラムが設置された(文献1)。
日本におけるO&M専門職の養成は、米国で体系化されたO&M技術を導入し、それを習得し、伝えることから始まった。
1970年に開催された第1期歩行訓練研修会では、米国で歩行訓練の実践を学んだロバート・ジェイクルが講師として招かれ、歩行訓練の専門的な指導が行われた。
その後、研修会は継続され、厚生省委託の養成へと発展していった(文献2)。
また、O&M専門職の養成は、現在まで比較的短期間の養成課程として行われてきた。
こうした養成のあり方を考えると、限られた期間の中では、実際の訓練に必要な技能を確実に習得することが優先されてきたと考えられる。
O&M技術の習得と原理の理解
訓練士を目指す者は、目隠しをしてさまざまな技術を実際の環境の中で練習し、自分の身体を使ってその動作や姿勢を習得した。
そして実際のO&M訓練では、自分が習得したのと同じ技能を、視覚障害者が実習し、身につけられるように指導した。
この方法は、標準的な技能を正確に伝達し、安全な移動のための基本的な方法を共有するうえで大きな意味を持っていた。
私自身、学生としてO&Mを学び、その後、訓練や専門職養成に携わってきたが、技術の姿勢や動作について学ぶ機会に比べ、
「なぜこの方法なのか」
「その姿勢や動作はどのような機能を果たし、どのような条件によって安全性が確保されるのか」
という技術の原理について考える機会は、決して多くなかったように思う。
技術の「形」は伝えられてきたが、その形がなぜ必要なのかについては、必ずしも十分に検討されてこなかったのではないだろうか。
「正しい技術」は一つなのか
ある目的を達成するための方法が一つだけとは限らない。
これはO&Mについても同じである。
安全に移動するという目的を達成するために、すべての人が同じ方法をとる必要があるとは考えにくい。
身体能力、感覚機能、認知機能、生活環境、移動の目的などが異なれば、それぞれに適した方法も異なると考えるほうが自然である。
現在のO&Mにつながる技術が、主として若い失明兵士を対象として発展してきたことを考えると、高齢者をはじめ、身体的、感覚的条件の異なる人に同じ技術がそのまま適合するとは限らない。
そのことが特に明瞭に現れるのが、高齢の視覚障害者である。
技術はどこまで変えて良いのか
高齢者には、視覚障害だけでなく、バランス能力や筋力の低下、関節可動域の制限、聴力の低下、認知機能の変化などがみられることがある。
そのため、基本的なO&M技術をそのまま実行することが困難な場合があり、技術そのものや教授方法を変更する必要が生じる(文献3)。
ここで問題になるのが、「技術はどこまで変えてよいのか」ということである。
実際、Dodgson (2013)は、英国のリハビリテーションワーカーが高齢視覚障害者にO&Mを指導する際、養成課程で学んだ古典的なO&M技術をそのまま適用することは少なく、対象者に合わせて技術を変更していることを報告している。
一方で、そのような変更を行うことに、養成時に教えられた「ルールを破っている」ような戸惑いや不安を感じる者も見られた(文献4)。
既存の技術がなぜそのような姿勢や動作になっているのか、その動作のどの部分が安全性に関係しているのかが分かっていなければ、何を残し、何を変更してよいのかを判断することは難しい。
技術を変更した結果、移動しやすくなったとしても、その変更によって安全性が損なわれていないかを検討する必要がある。
Dodgsonは、こうした技術の変更が個々の専門家の経験に依存する傾向があり、変更が安全性に及ぼす影響について専門家自身が不安や不確かさを抱いていることも指摘している(文献4)。
したがって必要なのは、標準的な技術を「正しい形」としてそのまま教えることではなく、その技術が何を目的とし、その姿勢や動作がどのような原理によって安全につながっているのかを理解したうえで、その人に適した方法を考えることである。
技術を人に合わせる
高齢視覚障害者のO&Mでは、この考え方が特に重要になる。
基本的なO&M技術をそのまま実行できないからといって、その人にO&Mができないということではない。
標準的な方法をその人に合わせて変更したり、別の方法を用いたりすることで、安全を確保しながら、その人に必要な移動を可能にできることがある。
O&M専門家に求められるのは、標準技術をどこまで実行できるかを判定することだけではなく、その人の条件に応じた方法を考え、その利点と危険性を評価し、安全で実用的な移動方法を見いだすことである(文献3)。
その意味で、O&M訓練は技術の伝達だけでは成立しない。
技術を教えることから、安全な移動方法を考えることへ
O&Mには、長い歴史の中で蓄積されてきた基本的な技術がある。
それらは、安全な移動を実現するための重要な知識と方法であり、専門職として継承していく必要がある。
しかし、技術を継承することと、その形を変えずに継承することは同じではない。
O&M技術が、どのような人を想定し、どのような目的のためにつくられ、その姿勢や動作がどのような原理によって安全につながっているのかを理解する。
そのうえで、目の前の人の身体的、感覚的、認知的条件や生活環境、移動の目的に合わせて方法を考える。
必要ならば技術を変更し、その変更が安全性を損なっていないかを評価する。
ここで重要なのは、技術の「形」と、その技術が果たす「機能」とを区別して考えることである。
標準的な姿勢や動作には、それぞれ理由があり、安全な移動に必要な機能を果たすための形として成立してきたと考えられる。
しかし、その形をとれば必ず必要な機能が得られるとは限らない。
また、ある機能を実現する方法が一つの形だけに限られるとも限らない。
標準的な形と異なっていても、必要な機能を果たし、安全な移動を実現できるのであれば、その人にとって適切な方法となり得る。
反対に、標準的な形を正確に再現していても、必要な機能が果たされていなければ、その技術がその人に適しているとは言えない。
高齢視覚障害者のO&Mは、従来の技術が通用しない特殊な領域なのではない。
むしろ、「技術を人に合わせるのか、人を技術に合わせるのか」という、O&Mそのもののあり方を改めて問い直す領域なのではないだろうか。
個々の人に合った安全な移動方法を見いだし、それを本人とともにつくり上げていく。
そのためには、技術の「形」を知っているだけではなく、その技術を成り立たせている「理由」を知らなければならない。
そこに、これからのO&M専門家に求められる技術理解の一つの方向があるように思う。
文献
1. Wiener, W.R. & Siffermann, E. (2010). The history and progression of the profession of orientation and mobility, Foundations of orientation and mobility, 3rd ed. edited by W.R. Wiener, R. L. Welsh and B. B. Blasch, AFB Press.
2. 木塚泰弘(2013). 歩行訓練研修会から視覚障害生活訓練等指導者養成課程までの42年間のあゆみ. 視覚障害リハビリテーション, 第78号.
3. Page, A. & Bozeman, L. (2016). Modifying orientation and mobility techniques for older adults with visual impairments, O&M for independent living, Strategies for teaching orientation and mobility to older adults, edited by N. Griffin-Shirley & L. Bozeman, AFB Press.
4. Dodgson, A.B. (2013). Rehabilitation workers’ perspectives of O&M training with older visually impaired people(Doctoral thesis). University of Birmingham.
