
1970年代前半、視覚障害者のオリエンテーションとモビリティ(Orientation and Mobility; O&M)は、まだ新しく発展途上にある専門分野であった。体系的な教科書も十分には整備されておらず、教育機関ごとに工夫されたカリキュラムによって専門職の養成が行われていたが、私が在籍したボストンカレッジのペリパトロジー(Peripatology: 盲人歩行学)課程も、そうした黎明期の専門教育の一つであった。
このプログラムは、講義と実習を密接に組み合わせた教育課程であり、学生は大学の授業と同時に実際のリハビリテーション施設や学校での実習を経験することになっていた。ここでは、その14ヶ月間の学習内容と実習の様子について記しておきたい。
Peripatology; BCの歩行訓練士養成プログラムは、1960年に米国で最初に開設された大学レベルのプログラムであり、「Peripatology program」と呼ばれていた。この名称は、大学における訓練士養成プログラムの創設に大きく貢献したThomas J. Carrollが、中途失明者に移動技能を教える専門職の呼称として「モビリティ・セラピスト」ではなく、ギリシャ語に由来する「ペリパトロジスト(peripatologist)」を採用したことに由来する。これは、独学あるいは現任講習による指導者と区別し、大学教育を受けた専門職であることを明確にする意図によるものであり、その学問分野は「ペリパトロジー(Peripatology)」、プログラムの修了者は「ペリパトロジスト(Peripatologist)と呼ばれた。
カリキュラムの構成
ペリパトロジー課程の学生は
・夏期講習
・秋学期
・春学期
・夏期インターンシップ
の四つの期間から構成されていた。講義と実習が並行して行われ、学生は常に理論と実践の両方に触れることになる。
履修科目(夏期講習)
夏期講習では、教育学の基礎科目を中心として授業を履修した。
Research Method in Education(教育における研究方法)
教育分野の研究文献を読み、教育問題の研究方法を学ぶ科目である。研究報告を理解し解釈するための基本的技能を身につけることを目的としていた。
Educational Psychology(教育心理学)
人間の発達傾向を扱い、とくに知能の性質や学習過程に影響を与える要因について学んだ。
Modern Psychology and Education(現代心理学と教育)
古典的および現代の学習理論を検討し、それらが教育現場でどのように応用されるかを考察する授業であった。
履修科目(秋学期)
秋学期からは、視覚障害やリハビリテーションに直接関係する専門科目が増えていった。
Medical and Educational Aspects of Visual Handicaps(視覚障害の医学的・教育的側面)
眼の解剖と機能を学び、代表的な眼疾患とそれが視機能に及ぼす影響について理解する。保有視力の活用や光学的補助具の利用なども扱われた。
Gerontology(老人学)
加齢の過程とその医学的、社会的、心理的な意味を学び、とくにリハビリテーションを受ける高齢者に焦点を当てた。
Medical Aspects of Rehabilitation of the Blind(盲人リハビリテーションの医学的側面)
人体の構造と機能、そして視覚障害者のリハビリテーションに関連する慢性的疾患について学ぶ授業である。神経血管系、聴覚機能、姿勢や歩行の力学なども扱われた。
Principles of Rehabilitation and Habilitation(リハビリテーションとハビリテーション原論)
リハビリテーションの理念、歴史、基本理論を学び、地域社会のサービス機関や専門職の連携について理解する。
Introduction to Orientation and Mobility Practicum(オリエンテーションとモビリティ実習入門)
ペリパトロジー課程の三段階実習の第一段階である。学生はアイマスクを着用し、移動や日常生活動作を体験し、視覚障害者の移動行動を理解する。また、関連機関の見学や週1回のセミナーも含まれていた。
Home and Personal Management for the Visually Handicapped(視覚障害者の家庭生活と身辺管理)
視覚障害が日常生活に及ぼす影響を概観し、先天性失明者と中途失明者、全盲者と弱視者の生活上のニーズの違いについて学んだ。
Educational Assessment of Children with Learning Problems(学習問題を抱える子どもの教育的評価)
障害のある子どもの教育計画を立てるための評価方法を学ぶ科目である。学生は学校での観察や補助指導を通して実地経験を積んだ。
履修科目(春学期)
Communication(コミュニケーション)
点字、手書きアルファベット、ジェスチャー、手話など、障害者が用いるさまざまなコミュニケーション方法を理解するための授業であった。
Interpersonal Relations(対人関係)
他者と協働して生活し活動するための社会的技能を学ぶ科目である。
Student Teaching: Peripatology(ペリパトロジー実習)
三段階実習の第二段階であり、学校やリハビリテーション施設で実際の視覚障害者を対象とした指導を行った。
Seminar in Peripatology(ペリパトロジー・セミナー)
感覚訓練、概念形成、空間定位、ロービジョンなどをテーマに教材の実演や討議が行われた。
Remedial Strategies(補習的指導法)
感覚運動学習の問題の評価と改善について学ぶ授業であった。
Psycho-social Development and Adjustment(心理社会的発達と適応)
障害者の心理社会的発達を、年齢や障害の状態などさまざまな観点から考察する。
実習の構成
実習は次の三段階で構成されていた。
- practicum
- student teaching
- internship
Practicum では、教員の指導のもとでO&M技術の観察と実習を行い、学生同士のロールプレイを通して指導方法を学んだ。実習環境は屋内から屋外へ、住宅地域から商業地域、繁華街へと段階的に難易度が高められていった。
Student teaching では施設で実際の訓練を担当した。訓練計画の作成、実施、評価までを行い、週三回半日の実習があった。
Internship は最後の三か月間に行われ、施設の職員とほぼ同じ立場で働く実務研修であった。私の場合は
- Carroll Rehabilitation Center(6週間)
- Perkins School for the Blind(6週間)
でインターンシップを行った。
Practicum/Student teaching/Internship; 米国の専門職教育における実習段階を示す用語である。一般に practicum は基礎的な実習、student teaching は指導実習、internship は長期間の職業実習を指す。
見学施設
課程の開始後、学生と教職員の顔合わせのあと、いくつかの施設を見学した。
Carroll Rehabilitation Center
マサチューセッツ州ニュートンにある成人視覚障害者のリハビリテーション施設である。『Blindness』の著者トマス・J・キャロル神父によって設立された。
Perkins School for the Blind
1829年創立の米国最古の盲学校の一つである。世界で初めて盲ろう児(Laura Bridgman) に教育を授けた学校であり、その後ヘレン・ケラーも学んだ。盲ろう教育の分野で国際的に知られている。
Boston Center for Blind Children
視覚障害のある幼児の教育と早期支援を行う施設。
Massachusetts Eye and Ear Infirmary
ハーバード大学医学部と関係の深い眼科・耳鼻科専門病院。
Walter E. Fernald State School
知的障害者のための州立施設。大規模な居住型施設として知られていた。
The Seeing Eye
ニュージャージー州にある世界最初の盲導犬訓練機関である。見学施設のうち The Seeing Eye だけは遠方のため、一泊二日の行程で見学に行った。
学習環境
講師にはボストンカレッジの教授のほか、眼科医、内科医、理学療法士、視覚障害リハビリテーションの専門家などがいた。講義は大学の教室だけでなく、病院やリハビリテーション施設で行われることもあった。
reading assignment も多く、大学の図書館だけでなく Perkins School for the Blind の Research Library なども利用した。指定図書を読むためには図書館に予約を入れ、決められた時間内で読む必要があった。当時は複写サービスも限られていたため、指定図書を読むこと自体が一つの大きな課題であった。
学習の困難
視覚障害リハビリテーションは私にとって未知の分野であり、医学用語や専門用語を英語で理解するのは容易ではなかった。講義はテープレコーダーで録音し、帰宅後に何度も聞き直した。
実習では自分自身が英語で指導しなければならなかった。
“What I want you to do today is …”
“Now you’re on your own.”
といった表現を覚えながら、少しずつ指導に慣れていった。
盲学校での実習では、子どもたちから発音を厳しく指摘されることもあった。とくに R と L の発音は何度も直された。
教材と専門分野の新しさ
現在もO&M訓練士の間で「Blue Book」と呼ばれているHill & Ponder の
Orientation and Mobility Techniques: A Guide for the Practitioner
が刊行されたのは1976年である。つまり、私が学んでいた当時はまだ標準的なO&Mの教科書は存在していなかった。実習用の教材は講師たちが作成したプリントであり、実習の進度に合わせて配布された。
Blue Book;1976年に刊行されたHill & Ponder.Orientation and Mobility Techniques: A Guide for the Practitionerの通称。表紙が青色であることからこの名前で呼ばれるようになり、長年にわたりO&M訓練の標準的教科書として用いられてきた。2017年にはDiane L.Fazzi & Janet M. Barlow. Orientation and Mobility Techniques: A Guide for the Practitioner, second edition が刊行されている。
視覚障害者のリハビリテーション、そしてO&M(Orientation and Mobility)は、米国において、第二次世界大戦で失明した軍人へのサービスとして戦時中に始まり、その後1960年にBoston Collegeに大学院レベルの訓練士養成課程が設置された。我が国では1970年に厚生省主催の3ヶ月間の訓練士養成講習会が始まったばかりであり、この分野は当時まだ発展途上にあった。そのため講義で初めて耳にする専門用語も多く、私にとってはまさに未知の世界であった。
Orientation and Mobility; 視覚障害者が安全かつ自立して移動するための技能を指導する専門分野である。第二次世界大戦後、米国で失明した軍人へのリハビリテーションの必要性から体系化された。
参考文献
Rosenbaum, Rachel E. (2021). Caution, Blind Priest Driving: the story of Father. Thomas J. Carroll, Changing the Public’s Perception of Blindness.
