「視覚障害」は全盲?ロービジョン?
視覚障害の不自由さを説明する時には最も重度の全盲の場合の例を挙げ、
一方で、視覚障害のある人のすばらしさをアピールする時には、全盲ではなくある程度の視機能を保有している人の例を
その視機能の存在を明確にせずに報道するマスメディアの例は珍しくありません。
視覚障害リハビリテーションの専門職でさえ、視機能について不明瞭にしたままで視覚障害のある人の不自由と可能性を論じることがあります。
このことによって、情報の受け手である一般の人々は、全盲の人をイメージしながら報道を理解し、
驚きや賞賛を覚えることがあります。
このことも一般の人がロービジョンの障害像について認識を改める支障となっているに注意すべきでしょう。
ロービジョンの人が白杖を「持つ」「持たない」を決めるには
移動のための補助具としての白杖の機能に注目すれば、ロービジョンの人が杖を持つか持たないかは、
「保有視機能で安全に歩けるのか、そうでないのか」
「そうでないとしたら、どのような移動方法があるのか」
その人の移動の容易性、安全性にとって、杖(ここでは色は関係ありません)が適した移動手段なのかどうかの評価が大切です。
視覚障害の進行が長期にわたる疾患の場合のモビリティエイドの利用
視覚障害の進行が長期にわたる疾患(網膜色素変性や緑内障など)による視覚障害のある人たちは、
モビリティエイドの利用において以下のような経緯を辿る例が多く見られます。
「視覚障害のためのモビリティエイドを必要と考えない時期」
↓
「エイドなしでは歩くことの不安感(階段の踏み外し、物との接触など)が顕著になり、
時に転倒や骨折を負う事態が起きる時期」
↓
「自らの安全な移動のためには盲導犬あるいは杖が必要と認め始める時期」
↓
「モビリティエイドの必要性を認め、実際に使用する時期」
家族や支援者に求められる姿勢
ロービジョンの人について「彼はまだ白杖を人前で使うことを受け入れていない」などと非難するようなトーンで話す視覚障害リハビリテーションの関係者も見かけます。
白杖を使って移動の安全性を高めるアプローチが一般的ですが、移動障害について明確な結論に至っていない段階で
白杖の携行を勧められるのは辛いでしょう。
白杖の携行を勧めるの主な理由は、街の人との対面的相互作用の中でロービジョンの人が視覚障害のあることを周囲に示し、
他者と身体が接触した際や、他者からの手助けを求める際に、誤解や先入観によるいざこざに巻き込まれないための予防対策である。
そのこと自体は実際に認められる状況ですが、白杖はidentification(アイデンティフィケーション)であると同時に
stigma(スティグマ)でもあり、自身のアイデンティが確立していない人が白杖を社会の中で提示することに
大きな葛藤を感じるのは当然のことでしょう。
家族や支援者には、その過程において背景にある心情を理解し、見守る姿勢が求められます。