教科書に記載された「2点接地法(Two-point touch technique) 」
1972年にHill & Ponderは、約30年間に渡り実務家が行ってきた技術を初めて書籍にまとめました。
それ以来、訓練士によるロングケイン技術の指導内容に大きな変化はありません。その技術は以下の通りです。
- 杖を身体の正中線上に保持する
- 手首を支点にして歩調と同期させ、左右に均等に振り、振り幅の両端で杖の先端が接地する
- 振り幅は身体の幅よりやや広く
- 振りの高さは3cm以下に保つ
- 右足を踏み出した時、杖を左に振る (in step)
杖の使用方法の実態
杖の使用者の多くは指導された通りには振っていないことが報告されています(Bongers, 2002)。
特に杖の保持位置が身体の正中線上ではなく体側に近い場合が多いです。
手首を完全に体側に置くことも珍しくなく、これにより杖の振りは左右非対称になります。
それでも、杖による防御範囲(coverage)は約70%あるとされています(Uslan 1978, Bongers 2002)。
教科書通りの杖の振り方でさえ使用者の進路幅を100%カバーすることは難しいです。
注:防御範囲とは使用者が歩行する帯状の地帯を100とし、杖の動きが路面に投影された時の影の面積の割合を指します。また杖を保持する手の上方の空間も防御されていない区域です。
「常時接地法 (constant contact technique)」
1980年代後半からマシュマロチップや巨大石突と呼ばれる路面に引っかかりにくい石突の開発と共に常時接地法が普及しました (Fisk, 1986)。
この方法は杖の先端を常に路面に接しておく点を除き2点接地法と同様です。
マシュマロチップ
この技術の利点には、路面の状態に関する豊富な情報、境界線の正確な位置の把握、落ち込み(drop-off)の容易な検知などがあります。
Kimらによると、落ち込みの検知において常時接地法は2点接地法より優れています。
明確なデータはありませんが、この技術は現在まで多くの杖使用者に採用されています。
普及の理由としては、使用者の高齢化、2点接地法に比べ習得時間が短いこと、落ち込みを含む路面の状況を検知しやすいことなどが挙げられます。
杖の検知機能
Blaschらは杖の検知機能を次の3つに分けています。
- 障害物検知機能:進路上に存在する障害物を検知する機能
- 路面検知機能:路面の凹凸、性状、落ち込みを検知する機能
- 着地点検知機能:次の足の着地点の安全性(integrity)を検知する機能
2点設置法の変数と検知機能の関連性
Bongersらは、2点接地法の以下の8つの変数と3つの検知機能との関連性を実験的に検討しました。
8つの変数
- 杖の長さ
- 振り幅
- 歩幅(ストライド)
- 手首の高さ
- 手首の位置
- 振りの左右対称性
- 振りの高さ
- 杖と路面との角度
研究により、「杖の長さ」と「振り幅」は3つの検知機能全てと相関がありました。
「振りの高さ」と「杖と路面との角度」を除く他の全ての変数が障害物検知機能と相関があることが示されました。
訓練士の役割
約80年前、Hooverによって開発されたロングケインテクニックは訓練士によって長年継承されてきましたが、その科学的検証に基づく合理性は未だ確認されていません。
実際には視覚障害者の使用方法は訓練士の指導を逸脱していることが多く、特に体側に杖を置き、長めの杖を使用することが一般的です。
教科書で推奨される正中線上の保持は姿勢が困難であり、杖で障害物や落ち込みを検知した後に、より長い反応時間を取りたいという使用者のニーズがあるようです。
路面に引っかからない石突を使用し杖の先端を常に路面に置いて振る「常時接地法」の普及は、このような背景があるのでしょう。
安全な歩行を目的とする杖の使用法に関して訓練士には根拠に基づいた指導が強く求められています。
参考文献
- Hill, Everett & Ponder, Purvis(1976). Orientation and Mobility Techniques, a guide for the practitioner, New York, American Foundation for the Blind.
- Uslan, M.M. (1978). Cane technique: Modifying the touch technique for full path coverage. JVIB, 72, 10-14.
- Bongers, R.M., et.al. (2002). Variables of the touch technique that influence the safety of cane walkers, JVIB, July, 516-531.
- Fisk, S. (1986). Constant-contact technique with a modified tip: a new alternate for long-cane mobility, JVIB, 80, 999-1000.
- Kim, S.K., Emerson, R.W. & Curtis, A. (2009). Drop-off detection with the long cane: effects of different cane techniques on performance, JVIB, 519-530.
- Blasch, B.B., et.al. (1996). Three aspects of coverage provided by the long cane: objective, surface, and foot-placement preview. JVIB, 90,295-301.
- Hoover, R.E. (1946). Foot travel without sight. Outlook for the Blind and the Teachers Forum,40, 244-251.