田んぼと畑の真ん中にポツンと平屋の建物が立っています。
それは十数年前にオープンした老人福祉施設で、かさ上げした土地に建てられ、地表からは中二階ほどの高さがあります。
施設の中に入ったことはないものの、厨房の規模から見て、約50〜100人が入居していたと推定されます。
この福祉施設が、数年前の台風による洪水で屋根まで水に浸り、建物とその設備の大部分が損傷しました。
水が引いた後も活動を休止したままで、建物は放置されています。
その台風以前にも何度か洪水に見舞われていましたが、かさ上げのおかげで建物が冠水することはありませんでした。
福祉施設の利便性と安全性
最近では福祉施設が災害被害の報道で度々取り上げられています。
歴史的に見ても多くの福祉施設が都市部から離れた交通アクセスの悪い場所に建設されてきました。
土地取得の難しさや近隣住民との確執などがその背景にあるのでしょう。
最近増えている自然災害は、福祉施設の利便性と安全性を一層低下させています。
筆者が勤めていた施設は1970年代の終わりにオープンしました。
数年にわたり土地を求めた場所毎で地域住民の建設反対運動に遭い、計画が暗礁に乗り上げた時、
自治体が所有していた土地の無償提供を受けました。
この提供された土地は、結核療養所の敷地の北西の隅で、南に体育館、北に未舗装の道路、西に雑木林が広がっていました。
形状は東西に細長く、体育館の影になった土地でした。
最寄りの鉄道駅まではバスで約30分もあり、そのバスも1日に数本でした。
渡り廊下でつながれた木造の平屋建ての棟は、堀辰雄の「風立ちぬ」に出てくる療養所を彷彿とさせました。
多くの桜や梅の木が敷地内に植えられ、その北は隣村との境界でした。
基礎工事が始まり数メートル掘ると水が湧いてきました。
低地のため周囲からの水が常に地下に滞留しているようでした。
しかし長い土地探しによって負債が増えていた団体に選択の余地はありませんでした。
自治体は土地の無償貸与を決定したものの、その土地は療養所にとって利用価値のないもの、
運営に最小限の影響しかないものだったのでしょう。
この湿った土地は、建物が完成した後、すぐに問題を引き起こしました。
とくに一階は湿気がひどく、中でも食堂の壁が湿気でカビていました。
2台の大型除湿機を常時稼働させましたが状況は改善しませんでした。
初めから日当たりが悪く、湿った土地は施設の居住性を著しく低下させました。
湿気は図書室の図書を湿らせ、北側の部屋を冷やし壁の結露を引き起こしました。
災害弱者を守る観点を
多くの社会福祉施設の土地取得は、価格や近隣住民との問題から、郊外や山間部、住宅がまばらな地域になりがちです。
言い換えれば、住宅地としての価値が低い土地です。
現在ではハザードマップ上の危険区域に建設されることもあります。
風雨による災害が常態化している今日、老人福祉施設が洪水被害に遭遇し、入居者が自衛隊員によって救助されるニュースは珍しくありません。
人目から離れた場所にある施設で生活する人々の姿が、社会に認識される瞬間が災害被害者としてであるというのは悲しいことです。
災害大国と呼ばれる我が国において災害弱者を守る観点から福祉施設の立地を検討してほしいものです。