
視覚障害者の移動方法
視覚障害者の移動方法には、主に次のようなものがあります。
・ 保有視覚を使って歩く
・ 人と歩く(人に誘導されて歩く方法、Sighted Guide Technique:SGT)
・ 白杖を使って歩く
・ 盲導犬と歩く
これらはいずれも、視覚障害者が「自分でどこかへ行こうとする意図」を実現するための手段です。
その中で、移動のプロセスに他者が直接介在するのは「人と歩く方法」だけです。
盲導犬に見る「協働する移動」
盲導犬は人ではありませんが、感情や意思を持ち、人と同様に主体的に行動します。
そのため、二つの主体が協働して目的地へ向かうという点では、「人と歩く方法」と多くの共通点があります。
盲導犬を使用するためには、約4週間の共同生活を経て、人と犬が「ユニット」として活動を開始します。
人と犬はハーネスという道具を介して連結され、ユーザーは犬の動き(速度や方向の変化など)を知り、それに追随します。
犬は自分とユーザーが通過するのに十分な空間を視覚で確認しながら進路を選び、ユーザーを誘導します。
ただし、盲導犬は特定の一人のユーザーしか誘導できません。
この点が、人による誘導との大きな違いです。
同行援護従事者は不特定多数の利用者を誘導しますし、盲導犬のように長期にわたる事前の共同訓練を行うこともありません。
SGT(Sighted Guide Technique)という技術体系
従来、視覚障害者の安全な移動のための訓練は、「歩行訓練士」によって行われてきました。
その訓練の初期段階で学ぶのが、「人と歩く方法」(SGT:Sighted Guide Technique) です。
SGTには、二つの側面があります。
一つは「誘導する技術」(ガイドの役割)、もう一つは「追随する技術」(視覚障害者の役割)です。
両者が自分の役割を果たすことで、ユニットとして安全に移動することができます。
自分の役割を果たすことによって主体性は維持されますが、追随者がその役割を十分果たせず、ガイドに動作の一部あるいは全部を委ねてしまうと、その分だけ主体性は損なわれます。
逆に言えば、追随する役割を担えるようになることは主体性を依存的な位置から回復させることでもあります。
指導場面では、訓練士がガイド役となり、その動きを認識し追随する練習を行います。
具体的には「ガイドとの前後左右の位置関係の維持」「停止、発進」「段差の上り下り」などです。
これらの技術を習得し、必要な動作を行えるようになるまでには、一般に数時間から十数時間を要します。
この点で、盲導犬利用者の訓練プロセスとよく似ていると言えます。
同行援護という「不特定多数を誘導する仕組み」
同行援護の仕組みは、もし「誘導に長けた犬(盲導犬)が事業所に所属し、視覚障害者が外出のたびに犬を申し込んで利用する」という制度があったとすれば、それに近いものだとも言えます。
しかし、犬はそこまで多様な利用者に対応できる存在ではありません。家庭犬が家族の中で特定の「マスター」を認識するように、犬の性質からして、不特定多数の視覚障害者のガイドとして働くことは難しいのでしょう。
それに対して、人はそれを行なっています。初めて会う視覚障害者をガイドすることも珍しくありません。
その際、視覚障害者がSGTを理解していれば、初対面であっても共通の技術体系をもとに、誘導と追随は比較的スムーズに進むでしょう。
一方、利用者がSGTを知らなければ、ガイドの誘導に追随することは難しくなります。
それでも同行援護従事者はその人を誘導しなければなりません。なぜなら、その人はサービスの利用者だからです。
SGTを知らない利用者と同行援護の現実
2025年版の同行援護従事者養成講習会テキストには、講習会では「外出経験が少なく、誘導されることに不慣れな視覚障害者を想定した誘導方法」を教授すると記されています。
不特定多数の利用者を対象とする同行援護の性格を考えれば、これはもっともな方針です。
しかし、実際に多様な利用者に対応できるようになるために、どのような知識や技術を講習生に提供すべきかは、決して簡単な問題ではありません。
高齢利用者と「協働モデル」の限界
現状では、SGTをロールプレイで実習し、そこでの知識と経験を基礎にしながら、実際の場面で出会う利用者に応じて従事者がその都度工夫して誘導する、という形が一般的だと思われます。
利用者には高齢者が多く、高齢者は就業年齢層を主な対象とする歩行訓練は受けていない人が多いため、SGTの知識を持たない利用者も少なくありません。
また、加齢による運動機能、感覚機能、認知機能の低下を伴う利用者も多くいます。
本来SGTは、ガイドと視覚障害者が協働して行う技術ですが、高齢の利用者が多い現場では、追随者に一定の技術を期待することが難しくなります。
その結果、同行援護従事者は単なる誘導役にとどまらず、「利用者がついてこられるか」「安全が確保されているか」といった全体的な管理責任を常に負うことになります。
まとめ
視覚障害者の移動において「人と歩く方法(SGT)」は、ガイドと利用者がそれぞれの役割を担いながら協働して移動する技術です。
この点で、SGTは盲導犬による誘導と同様に、「二つの主体によるユニットとしての移動」という構造をもっています。
しかし盲導犬が特定のユーザーと長期の訓練を通じてユニットを形成するのに対し、同行援護は不特定多数の利用者を対象に事前の十分な共同訓練なしに誘導を行うという特徴があります。
そのため、同行援護の現場では、SGTを理解し追随できる利用者とそうでない利用者とが混在し、特に高齢利用者が多い状況では、「協働モデル」としてのSGTが十分に機能しにくくなります。
その結果、同行援護従事者はガイド役にとどまらず利用者の動作や安全全体を管理する役割まで引き受けざるを得なくなっています。
同行援護を単なる「付き添い」ではなく、安全で主体性のある移動支援として成立させるためには、SGTの本来の考え方―役割分担と協働による移動―をどのように現場に適用するのかを、利用者の多様性と高齢化を踏まえて再構築することが求められています。
文献
Everett Hill & Purvis Ponder (1976). Orientation and Mobility Techniques: A Guide for the Practitioner. AFB Press, New York, NY.
中野泰志(編集)・日本視覚障害者団体連合(監修)(2025)『新版 同行援護従業者養成研修テキスト』中央法規.
