杖の長さと使用法の歴史的展望

交差点を空から写した写真。

杖を使う目的は人それぞれ

は視覚障害がある人が歩くためのもっとも一般的な道具です。

外出時に常に使用する人もいれば、必要な状況に備えてバッグなどに携帯する人もいます。

盲導犬を使う人の中にも、杖を携帯している人は少なくありません。

杖を使う目的は人それぞれです。

杖の呼び名

視覚障害がある人が使用する杖の呼び名は様々ですが、一般的な呼び名は「白杖はくじょう)」です。

「白杖」は文字通り、白い色の杖を指し、その中には、「視覚障害者安全つえ」(文献1)や「政令で定める杖」(文献2)、

オリエンテーションとモビリティ(OM)訓練で使用される「ロングケイン」、「身体支持杖」などが含まれます。

ロングケイン」という呼び名は、Hooverらによって考案されたロングケイン技術(文献3)に由来します。

Hooverは開発にあたりLevyの著作(文献4)を参考にしました。

Levyは杖の振り方について、

足の動きに合わせて杖を左右に交互に振る。 すなわち、右足が前に出るときは杖を右側へ、左足が前に出るときは左側に振る。 また、杖は常に足から約 15 ~ 23 センチメートルの距離を保ち、足が地面に着く前に常に地面を確認する

と記述しています。

Hooverはそれを実際に試してみて、踏み出した足の前方ではなく、

次に踏み出す足の着地点を確認する杖の振り方が効果的であると結論づけました(文献5)。

この振り方は「in step」と呼ばれ、自然な動きではないため、

習得には丁寧な指導とくり返しの練習が必要であるとHooverは述べています(文献6)。

杖の構成

Russell C. Williamsらによるロングケインの規格書(文献7)では、ロングケインが

重度視覚障害者のオリエンテーションと単独移動を容易にするための機械的物体検知器および環境知覚器として特別に設計された杖

とされています。

この杖はシャフト(shaft), 曲り部(crook)、握り部(grip)、石突(tip) の四つの部分から構成されていますが、

現在では曲り部がほとんどの杖には付いていません。

杖の長さ

日本では、木下和三郎が杖の操作について

足許の警戒操索法として私は擦行法と打叩法とを区別している」と記述しています。

杖の長さについては、

個々の能力や歩行地域の状況に応じ適切に決定し、慣れることが望ましい。

具体的な長さについて問われれば、直立時に地面から臍までの長さを基準に、個人の必要や好みを加味する

と提案しています(文献8)。

視覚障害がある人が杖を使用して歩くことは、聖書をはじめとする古い文献にも見られる事実です。

しかし、その杖の使用法について詳細に書かれた文献は少なく、Levyの記述がよく引用されます。

Hooverと同時期に生きた木下和三郎の記述もLevyのものに似ています。

杖の長さに関して、Levyは「踏み出した足の前方15-23センチメートルのところを触れる長さ」としています。

一方で木下は「直立で地面から臍までの長さ」と述べています。

これらの長さには大きな差はないと考えられます。

対照的に、Hooverは「次に踏み出す足の着地点を触れる長さ」としています。

一般にロングケインの長さの目安としては、「腋の下の高さ」や「胸骨の剣状突起の高さ」が使われます。

木下の「臍に至る」長さはそれに比べて短めです。

また、アメリカ最大の視覚障害者当事者団体であるNational Federation of the Blindは、

白杖無償提供事業で杖の長さの目安として「顎から鼻」の高さを提案しています(文献9)。

ロングケイン

Hooverによる杖の操作技術の開発以前は、視覚障害がある人が使う杖の長さはより短かったことから、

「長い杖」すなわち「ロングケイン」という名称がつけられました。

それ以前のものは「ショートケイン」と呼ばれています。

杖の長さは臍の位置から鼻の位置まで大きな幅があり、その選択は個々のニーズや状況によって異なります。

視覚障害がある人の杖は歴史を通じて進化を遂げてきました。

その呼び名やデザイン、使用法は時代や地域によって異なり、実践的な工夫が反映されています。

最近は使用目的または機能に注目した

モビリティケイン」「ガイドケイン」「シンボルケイン」などの呼び名も普及しています。

「白い色」以外の色の杖の使用例も先進国では見られ、杖の色についての議論も発生しています(文献9)。

LevyやHoover、そして木下和三郎のような人物たちの貢献により、

視覚障害がある人はより効率的かつ安全に歩行できるようになりました。

この杖の進化は、視覚障害がある人の日常生活において重要な役割を果たしており、

その長さや形状、使い方は個々のニーズや状況に応じて調整されるべきです。

今後も技術の進歩と共に、視覚障害がある人がより自立し、快適に生活できるような支援道具の開発が期待されます。

文献

  1. 「補装具の種目、購入等に要する費用の額の算定等に関する基準」(厚生労働省告示第528号、平成18年9月29日)
  2. 道路交通法施行令第8条
  3. Hoover, R. (1947). Orientation and travel technique for the blind, In proceedings of the American Association of Workers for the Blind, July 7-11, 1947, Baltimore, MD.
  4. W. Hanks Levy. Blindness and the blind, a treatise on the science of typholology. London, Taylor and Co., 1872
  5. Stephen Miyagawa. Journey to excellence: Development of the military and VA blind rehabilitation programs in the 20th century. Galde Press Inc., Lakeville, Minnesota, U.S.A., 1999.
  6. J.J. Whitehead. Russell C. Williams: A Journey well traveled. Galde Press Inc., Hendersonville, North Carlina, U.S.A., 2019
  7. Veterans Administration. Specification for the long cane (Typhlocane). Veterans Administration, Washington, D.C., April 1964.
  8. 木下和三郎 (1939). 盲目歩行に就いて、失明傷病軍人保護資料(五). 傷兵保護院.
  9. National Federation of the Blind, Free white cane program, retrieved on Dec.30, 2023 at https://nfb.org/programs-services/free-white-cane-program
  10. Borkowski, E. (2009). Colour and fashion: Evolution of the mobility cane, Vision Rehabilitation International, 2(1), 65-72.
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