視覚障害者の間でよく議論されるのは「まっすぐ歩けない」という問題です。
例えば、道路を横断する際に横断歩道を外れてしまったり、歩道がない道で車道に入ってしまったり、歩道を歩いていて隣接する駐車場に迷い込んでしまうなど、明確な目印がないと方向を保つのが難しいというのが実情です。
視覚障害者は進路が右や左に振れやすく安定した方向を維持できずにフラフラと歩くことも少なくありません。
本人は正しい方向に進んでいると信じて歩き始めるものの、道の端にぶつかって方向を修正し、再度歩き始めると今度は反対側の端に当たることがあります。
これらの状況を避けるため、視覚障害者は道の端から離れず慎重に歩くことを選ぶこともあります。
「ノコギリ歩行」「蝶々歩行」
これらの特徴的な歩行パターンについて、当事者たちは「ノコギリ歩行」、「蝶々歩行」、「ピンボール歩行」、「ゴキブリ歩行」などといったユニークな名前を付けています。
これらの表現には、自虐的なニュアンスが含まれつつ、歩行の様子を的確に描写しています。
専門家の間ではこれらの用語の使用を避ける傾向にありますが、人間が直線を歩くことの難しさ自体は、
視覚障害に関する研究 (Rouse & Worchel, 1955) でも実証されており、広く認識されています。
杖に求められる二つの機能
視覚障害者は杖の握り方にも分かりやすい名前をつけています。
「ゲンコツ握り(写真参照)」、「黄門握り」、「鉛筆握り」、「握手握り」など、それぞれの名称がその握り方を直感的に表現しています。
当然ながら、身体を支えるための杖は5本の指を使ってしっかりと握る必要があります。
一方で、足元を探ったり衝突を防ぐバンパーとして使う杖は、杖の先端を地面に軽く触れさせて路面の状況を確認したり障害物との衝突を緩和するために使われます。
杖と聞くと支えるためのものを想像する人が多いですが、ロングケインを初めて使用する人は、その長さと握り方の違いに驚きます。
高齢の視覚障害者の中には足腰が弱り、足元が不安定になる人がいます。
逆に、高齢になってから視覚障害を持つことになる人も少なくありません。
理想的には一本の杖が支える機能と探る機能を兼ね備えることが望ましいのですが、頑丈さと感触の伝達という異なる要件を満たすことが必要で、それを同時に実現するのは容易ではありません。
わかりやすい表現で理解を深める
専門用語は外部の人にとって難解に感じられることが多いですが、当事者の言葉はその状況を誰にでも理解しやすい形で表現していると言えます。
これらの言葉を使う際には、不快感を与えないように配慮する必要がありますが、適切に使用することで、共感を促し理解を深める手助けとなるでしょう。
文献 Rouse, D.L. & Worchel, P. (1955). “Veering tendency for the blind,” The New Outlook for the Blind, 49(4).