廊下はオリエンテーションとモビリティ技術の指導に適した場所
オリエンテーションとモビリティ (OM) 指導では、廊下をよく指導場所として使用します。
廊下は足元の障害物や凹凸が少なく、移動技術が未熟な人にとって比較的安全に歩くことができる環境です。
また、移動技術(例:ロングケイン技術)の練習や習得の場としても適しており、四角いトンネルのような構造で、
床、壁、天井で囲まれた単純な空間は、環境情報の収集と処理能力を養うのに適しています。
廊下は建物内の異なる場所へ移動するための通路であり、屋外環境で言えば道路や歩道に相当し、
交差する廊下は交差点に相当します。
廊下でのOM技術の指導では、将来の屋外移動を見据え、必要な移動技術や環境情報収集力の向上を目指します。
視覚障害のある人が壁との距離を測る方法
晴眼者は、視覚から得られる情報によって壁との距離や廊下の進行方向を逐次把握できるため、
よそ見をするなど注意が逸れた場合を除き、壁に当たることはほとんどありません。
しかし、視覚障害がある場合、壁との距離や廊下の進行方向に関する視覚情報が大幅に減少し、
または全く得られなくなるため、触覚、聴覚、固有感覚(筋肉や関節に感じる感覚)を駆使して
壁に当たらずに歩くための情報を収集する必要があります。
このためには、手や杖で壁に触れることが求められます。
視機能の制約による歩行の不安定性
視覚機能がほとんどない人が廊下の方向を正確に把握できない段階では、
歩行が左右にふらつき、安定しないことがよくあります。
それは手で壁に触れて歩いている場合でも同様で、手が壁に触れていても、
体の軸が左右に不安定にずれることがあります。
壁に手を置いて歩いていても、壁に向かって歩いたり壁に沿って歩いているつもりでも、
体の軸が廊下の中心部を常に向いていることもあります。
時には壁から離れて反対側の壁にぶつかり、そのことに気づくこともあります (「pinballing」, Jacobson)。
視機能の制約による歩行時の課題への対応策
廊下のように明解な左右の境界がある場所を歩く課題は、歩道を歩く課題と同様です。
どちらもOMでは「parallel walking」、すなわち「境界線に沿って歩く」という課題です(Kay)。
この課題の遂行には「trailing」(または「shorelining」)技術が用いられます。
shoreliningは、異なる性質の路面が作り出す境界線(shoreline)を辿る際に主に使用されます。
trailingでは、感覚機能の程度に応じて、手、足、杖、目、耳を組み合わせて行います。
たとえば、廊下の壁を伝う場合、手で壁に触れ、杖で壁を確認し、目で壁を見て、耳で壁からの反響音を聞くことになります。
視覚機能を完全に失った人は目で壁を認識できませんが、ロービジョンの人は、目でも壁の位置情報を得ることができます。
手や杖で壁に触れて進む行為は物理的な接触であり、第三者にも確認できますが、
目や耳で壁を伝うのは光や空気を介して情報を得るため、第三者には分かりにくいでしょう。
指導者と学習者が自身の体験や観察結果を共有することが重要です。
触覚は、直接物に触れることで得られる感覚であり、外界を最も確実に認識できる感覚です。
そのため、視覚障害を持ち、歩行経験がまだ乏しい人にとっては、安心して確実な情報を得られる方法です。
direction indicator
壁や縁石は進行方向を示す手がかりとして、「direction indicator」と呼ばれます。
「guideline」という言葉もありますが、direction indicatorは直線であることが重要であるのに対し、
guidelineは目的地点に導いてくれるものであり、必ずしも直線である必要はありません。
曲がりくねっていても、それを辿ることで目的地点に到達できれば良いのです。
視覚情報以外の知覚パターンによる経路把握の重要性
人はある経路に習熟すると、無意識にその経路を辿っているように見えることがあります。
これは、経路や環境のさまざまな情報を把握し、必要な時に適切な情報を得る能力が向上するためです。
これらの情報には、目印(ランドマーク)や距離感に加えて、「environmental flow」と呼ばれる知覚パターンがあります。
この概念は、Gibsonが提唱した「optic flow」に基づき、
視覚障害のある研究者である Foulkeが発展させたものです (Guth, 2010)。
optic flowとは、人が移動するとともに変化する空間的関係が視覚的に知覚されるパターンで、
自分の移動方向や物の形状、環境のレイアウトを知覚する上で重要な役割を果たします (Gibson, 1966)。
Foulkeは、移動によって生じた環境との位置関係の変化は、視覚以外の感覚、
例えば聴覚や触覚でも検知できると指摘し、視覚がない人にとっても、
変化する空間的関係の知覚パターンが移動方向や現在地を知るための有力な情報となると説いています(Guth, 2010)。
知覚学習(perceptual learning)
E. Gibsonは、知覚学習(perceptual learning)を
「環境から刺激を経験と練習を通じて受け取り、その結果、環境から情報を取り出す能力が向上すること」
と定義しています。
廊下を反復して歩くことで、手、足、杖、耳、目を通じて環境刺激を受け取り、
自身と廊下の位置関係に関する情報を得る能力が向上することが期待されます。
廊下でのOM指導で得られるもの
廊下でのOM指導は、視覚障害のある人が移動技術を習得するための重要なステップです。
廊下という単純な環境は、基礎的な技術を練習する場として好ましく、
学習者は自信を持って次のステップへと進むことができます。
視覚、聴覚、触覚を組み合わせた情報収集技術の習得を通じて、学習者は自分の環境をよりよく理解し、
将来的により複雑な屋外環境でも自立した移動を実現する基礎を築くことができるでしょう。
参考文献
Jacobson, W.H. (2013). The art and science of teaching orientation and mobility to persons with visual impairments, 2nd edition, AFB Press, New York.
Kay, L. (1974). Toward objective mobility evaluation: Some thoughts on a theory, AFB, New York.
Guth, D.A. et.al. (2010). Perceiving to move and moving to perceive: Control of locomotion by students with vision loss, Foundations of Orientation and Mobility, 3rd edition edited by Wiener, W.R. et.al., AFB Press, New York.
Gibson, J.J. (1966). The senses considered as perceptual systems. Houghton Mifflin, Boston.
Gibson, E.J. (1969). Principles of perceptual learning and development, Appleton-Century-Crofts, New York.