かつての視覚障害者更生施設での光景
大きな食堂に入所生が集まってきます。
彼らは手に箸箱を持ち、「ガシャ、ガシャ」と音を立てて振っています。
この光景は1980年代までの大規模な視覚障害者更生施設でよく見られたものです。
食堂に箸が常備されていないことが意外に感じられるかもしれませんが、これは入所者の数が多かったためと思われます。
当時の視覚障害者更生施設は、最低定員30名、大規模施設は定員100名前後で、国立が中心でした。
ほとんどの入所生が在籍していた三療師養成プログラム(はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の施術者養成)では、様々な背景を持つ人々が集まり、国家試験の合格を目指して勉学に励んでいました。
休憩時間にはトイレに行く人、タバコを一服する人、廊下を行き来する人たちで賑わっていました。
三療師養成を中心とした職業リハビリテーション
日本の視覚リハビリテーションは、三療師養成を中心とした職業リハビリテーションとして行われてきました。
視覚障害のある人々が職業復帰し自立するために、伝統的な職業である三療が選ばれ、盲学校と視覚障害者更生施設でその養成が行われました。
当初は成人して失明した人は更生施設へ、学齢期の子どもは盲学校へと分けられていましたが、現在はどちらも定員割れが顕著で、大人が盲学校で訓練を受けることも一般的になっています。
1990年ごろから三療師養成プログラムの入所者が減少し始め、2013年3月には国立施設の一つである塩原視力障害センターが閉鎖されました。
その後10年間で他の施設でも在籍者数が減少し閑散としています。
視覚障害のある人の事実上の職業選択の制限
三療師養成を職業リハビリテーションの一プログラムとすること自体には問題はありません。
ですが、他の職域がほとんど開拓されていないため、視覚障害がある人々の職業選択の自由が事実上制限されています。
また、日常生活技能や学習のための技能(例:移動技術、点字)が、更生施設での生活や三療師養成プログラムでの訓練のための技能として位置付けられ、職業訓練の前段階となってしまいました。
このため、3年から5年の訓練を終えた後に自立生活を始める際、必要な技能の習得が不十分な場合が多かったのです。
視覚障害のある高齢者へのリハビリテーションサービス
一方、視覚障害のある高齢者へのリハビリテーションサービスは、市町村のレベルで在宅提供が中心で、需要は増加傾向にあります。
この事業は主に当事者団体や民間有志が担い手であり、人的・金銭的資源が乏しいため事業規模が小さく、提供するサービス量や質にも限界があり、利用者のニーズに十分対応できていないのが現状です。
疾病構造、人口構造、産業構造の転換を一体として捉える「健康転換」の考え方によれば、1990年ごろには疾病構造が「老人退行性疾患」に移行していました。
2022年の「生活のしづらさなどに関する調査」では65歳以上の視覚障害がある人はほぼ7割に達しています。
この段階の社会では高齢者介護が重要となり、医療と福祉の統合が求められます。
2000年には介護保険がスタートし、5年後には地域包括支援センターが創設され、地域ごとに高齢者の生活維持や支援にあたる制度が整備されました。
ロービジョンケア
1990年ごろから、「ロービジョンケア」という視覚リハビリテーションサービスが眼科領域を中心に普及し始めました。
2000年には日本ロービジョン学会が創設され、2012年には「ロービジョン検査判断料」が医療保険診療に加わり、眼科領域での視覚リハビリテーションサービスが公に認知されるようになりました。
2021年には、「スマートサイト」と呼ばれる、各県の医療、教育、福祉の視覚リハビリテーション関連機関や施設が地域で連携してサービスを提供するネットワークが全国に整備されました。
求められる新たなサービス提供モデルの構築
現在、視覚障害のある人の高齢化と高齢期での視覚障害が増加する中で、新たなサービス提供モデルの構築が必要です。
長い間、福祉分野内で行われてきた視覚リハビリテーションサービスが、ロービジョンケアとして医療の分野へ広がりつつあります。
介護分野への拡大も可能であり、地域包括支援センターのサービスに含めることが考えられます。
高齢化社会に対応するためには、医療、福祉、地域社会が一体となって協力し、新しいサービスモデルを構築することが必要です。
また、サービスを提供する人材の育成にも力を入れ、より多くの視覚障害がある人が自立した生活を送れるよう支援を続けることが大切です。
参考文献
小田島明:「塩原センター64年の歴史に幕」国立障害者リハビリテーションセンター,国リハWebニュース.平成25年5月13日
http://www.rehab.go.jp/rehanews/japanese/webnews/201305/news_201305_2.html
日本盲人会連合:「視覚障害者のニーズに対応した機能訓練事業所の効果的・効率的な運営の在り方に関する調査研究事業報告書」厚生労働省平成28年度障害者総合福祉推進事業. 2017年3月
http://nichimou.org/wp-content/uploads/2017/04/kinoukunnrennhoukokusyo.pdf