Rote traveler
「Rote traveler」という言葉があります。
これは、事前に学習したルート(ランドマーク、危険箇所、移動支援設備、道路横断の手続きなど)だけを歩く人たちを指します。
このような人々は、ひとたびルートを外れると、元のルートに戻るのが困難です。以下はその例です。
例1:廊下を壁沿いに歩いて洗面所へ向かっていたが、手前で廊下の壁から離れたことに気づかず、洗面所を通り過ぎてしまった。現在地がわからなくなり、洗面所に辿り着けない。
例2:歩道を歩いていて隣接する駐車場に気づかずに入り込んでしまい、歩道に戻れない。
これらの例では、自分の現在地がわからなくなり、戻るべきルートがどの方向にあるのかわからない、
すなわち方向喪失(disorientation)が問題となっています。
この問題状況から抜け出すための方策を練ることが、問題解決過程です。
independent traveler
一方、「independent traveler」という言葉があります。
これらの人々は、ルートを外れても、自ら環境情報を収集し、元のルートに復帰することができ、
事前に学習していないルートも移動することができます。
暗記したルートを辿るには、安全のための技術(障害物を避ける、転倒・転落を防ぐための技術など)と、
ルートを辿る技術(歩道や道の端などを辿る、ランドマークの認識など)が必要です。
しかし、ルートとその沿道の情報(道順、歩道や点字ブロックの有無、道端の状態など)は詳細に持っていても、
それより広い環境の情報は持っていません。
ルートを外れ、その後復帰するためには、ルートの沿道より広い環境の情報を認識し、
現在地を定位してルートに復帰するためのオリエンテーション技術が必要です。
認知プロセス(cognitive process)
Hill & Ponderは、「認知プロセス (cognitive process)」という用語を使用して、
問題解決とオリエンテーションに関連する一連のステップを説明しています。
認知プロセスは「知覚」、「分析」、「選択」、「計画」、「実行」の五つのステップからなり、
視覚障害のある人にとって、問題解決能力は、
概念的知識、ストレスの管理能力、技術と経験のレベル、
現在の環境条件などの内的・外的要因に大きく影響されるとしています。
ここでいう概念的知識にはランドマーク、手がかり、距離感、方位、セルフファミリアリゼーション※が含まれます。
セルフファミリアリゼーション:未知の環境を将来の移動に備えて自ら調査(情報収集、現地調査など)すること
「問題」(または問題のある状況)とは、
「課題を達成するために効果的な対応が即座に明らかでない場合に、
課題を達成するために効果的な対応を必要とする状況」(D’Zurilla, 2010)を指します。
問題解決の主体は視覚障害のある人自身であり、
視覚障害のある人に問題解決への動機付けがされていることが重要です。
視覚障害のある人の中には問題に積極的に対処しようとする人もいれば、
対処を避ける傾向の人、他者に頼ることを選ぶ人などがいます。
ルート
ルートは、ルートへの慣れや習熟度の程度によって分類する方法があります。
同行援護支援サービスの利用基準には、サービス利用者が「慣れた場所」のみ移動可能なのか、
「慣れていない場所」も移動できるのかというアセスメント項目があります。
Rote travelerは慣れたルートを歩くのに対し、
Independent travelerは慣れていない ルートも歩くことができます。
ある人が「Rote traveler」か「Independent traveler」かは、
単にオリエンテーションを中心とした問題解決能力だけでなく、
その人の問題解決に対する姿勢によっても決まります。
「注意(attention)」との関連でいえば、慣れた場所の移動は「自動化処理」であり、
不慣れな場所の移動は「制御過程」といえます(移動と注意)。
independent travelerとなるためには、注意をコントロールし環境内の情報を適切に処理することが求められます。
問題解決能力の育成・向上
問題解決能力の育成・向上はオリエンテーションとモビリティ(OM)訓練の目的の一つです。
その訓練には以下の点を考慮することが重要です。
問題解決能力を向上させるためには、訓練で問題状況を経験することが重要であり、
「目的地に到達できた」、「元のルートに復帰できた」などの結果だけでなく、
その過程での認知プロセスにも注目し、結果だけを重視しない注意が必要です。
訓練生が問題解決プロセスを経験するには、
訓練士が解決に至るプロセスを指揮する訓練よりも時間がかかるため、
訓練時間に余裕を持つ体制が大切です。
一般的には、訓練士は問題が発生するのを待ち、
問題が起きた際にその機会をとらえて訓練生の問題解決行動や能力を扱います。
上の例2であれば、その状況を問題として認識し、
そこからどのように抜け出し歩道に戻るかを指導します。
この指導法は、問題が生じるのを消極的に待っているため、
問題が発生しなければ訓練生に問題解決について指導する機会が得られません。
計画的かつ体系的なアプローチで、さまざまな移動状況に適用可能な一般的な問題解決能力を育むことが大切です。
Rote travelerはオリエンテーション技能を磨くことで、移動に主体的に取り組む姿勢が育まれ、
問題に積極的に対処することが可能になります。
ひいては、自身の行動範囲の拡大にも繋がります。
参考文献
Hill, E. & Ponder, P. (1976). Orientation and mobility techniques – a guide for the practitioner, AFB, New York.
D’Zurilla, T.J. & Nezu, A.M. (2010). Problem-solving therapy, Handbook of Cognitive Behavioral Therapies edited by Keith S. Dobson, the Guilford Press, New York, London.